教員紹介

国際文化学部教員コラム vol.174

2017.05.26 比較文化学科 安井 聖

聖書の言葉に触れ、自分を見つめ直す

 関東学院大学のルーツは、明治時代にアメリカの宣教師によって創立された神学校(キリスト教会の牧師を養成する学校)にさかのぼります。そのような大学ですから、現在でも聖書の教えに基づいて教育活動を行なう、という姿勢を大切にしています。
 
 金沢文庫キャンパスでは毎週火曜日の昼休みの時間に、大学礼拝を行なっています。オルガンの音に耳を傾け、心を静めて自分自身を振り返ることのできる貴重な時間です。毎週さまざまな方が聖書のお話をしてくださいます。時々キリスト者のゴスペルシンガーに来ていただいて、エントランスホールや中庭で音楽礼拝をすることもあります。お話をしてくださる皆さんは、ただ聖書の内容を説明するのではなく、聖書の言葉が自分に対してどのような気づきを与え、また励ましを与えてくれたかを話してくださいます。
 
写真1
 
 そのような話を聴いて、学生の心の中にもいろいろな感想が生まれます。ですから礼拝に出席した学生に感想を書いてもらい、翌週の礼拝の出席者にその感想をまとめたプリントを配布するようにしています。学生が書く言葉の中には、感想だけではなく、質問もあります。そういう質問に対しては、なるべくチャプレン(宗教主事)であるわたし自身の答えもプリントに載せるようにしています。たとえば最近このようなやり取りをしました。
 
問い 聖書が教えている「敵を愛し、ゆるす」ということは、いいように相手に利用されてしまうことと紙一重だと思います。相手と平等にわかりあえる方法が知りたいです。
 
答え 確かにそうですね。「あなたの隣人を愛しなさい」と聖書が語る時、そこには自分がいいように相手から利用されてしまうリスクが含まれていると思います。だから聖書が語る愛に生きようとする時に、そういうリスクをも引き受ける勇気と力がわたしたちの側に求められているのだと思います。そしてわたしが自分自身を正直に振り返るなら、誰に対してもそういうリスクを引き受けて相手を愛する勇気と力があるとは思えません。リスクを受けないようにわが身を守り、相手と距離を置いてしまっていることがあることを認めざるをえません。そこにわたしの弱さがあるのだと思います。そして真実の意味でリスクを恐れず隣人を愛し抜かれたのは、イエス・キリストただお一人だけではないかと思うのです。わたし自身は弱い人間ですが、そんなイエス・キリストのお姿に憧れを抱いています。だから小さな一歩でもいいから、リスクを恐れないで誰かに近づいていくことができる人間になりたいと思っています。人に傷つけられるリスクを恐れるあまりに、自分の殻に閉じこもってしまうのは、何より自分自身にとって辛く悲しいことだと思うからです。
 
写真2
 
 学生たちが大学礼拝で聖書の言葉に触れ、いろいろな問いを持つことによって、自分自身を深く見つめる経験をしてくれたらと心から願っています。
 
 
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