教員紹介

国際文化学部教員コラム vol.164

2016.09.30 比較文化学科 岩佐 壮四郎

異文化理解

 わたしは、今年、70歳になりました。ということは、1946年生まれということになります。1946年というと、どういうことのあった年が、諸君も大体見当がつくでしょう。もちろん、太平洋戦争で日本が敗れた年、つまり、終戦の翌年だね。
 
 ところで、わたしが大学に入ったのは1965年のことですが、この年に70歳だった先生は、当然、1895年の生まれということになる。1895年というと、どういうことのあった年か、ピンとくるかな。日清戦争が終わった年です。日清戦争は、当時の大清帝国、即ち中国と日本の間で戦わされた戦争、近代日本としては最初の対外戦争ですが、考えてみれば、わたしは日清戦争が終わった頃に生まれた先生に大学の新入生の年に習ったわけです。この先生とわたしとの年齢差、それはそのまま、新入生諸君、というより、現在の学生諸君とわたしとの距離でもある。諸君とわたしとの間に、ものの考え方や感じ方、つまりは価値観におおきな断絶があるのは、だから当然ともいえる。
 
 「ポケモン世代」、つまり1990年代後半に生まれ、グローバル化の進展と共に育ってきた君たちからみると、終戦の翌年に呱々(ここ)の声をあげ、「昭和な」時代の雰囲気をたっぷり身に着けたわたし、日清戦争勝利の年生まれの先生に習ったこともあるわたしなどは、まさに「異文化な」人間、ガラパゴスに生息する絶滅危惧種のように見えるかもしれません。
 
 しかし、それは、まだテレビはなく、ラジオも、民放は放送していなくて、NHKしか聴くことのできなかったわたしなどの世代にとって、あんなに夢中になって「ポケモン」を追っかけまわす若い人たちが、異人種、あるいはまるでフランケンシュタインの息子のように見えるのとみあっているといっていいかもしれない。―もっとも、ポケモン君、最近はシニア世代にも人気があるようですが―。
 
 ここにあるのは、異文化間の断絶とさえいっていいかもしれません。とすれば、まさしく必要なのは異文化理解。異文化理解と口でいうのは簡単だが、実際はなかなか難しいのは諸君もご承知のところ。それが、相互の対話からしか始まらないのも、言うまでもないところでしょう。それには、まず、諸君は、身近なガラ系の世代が経験してきたのはどういう時間か、そこらあたり、つまり、君たちのおじいちゃん、おばあちゃんが刻んできた歴史を調べることあたりからはじめたらどうかな。
 
 
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