教員紹介

国際文化学部教員コラム vol.173

2017.05.12 比較文化学科 八幡 恵一

一年を振り返って

 早いもので関東学院大学にきてから一年がたちました。この一年を振り返ると、本当にいろいろなことがあり、たくさんの人たち(学生や同僚の先生方、職員の方々)とふれあう機会がありました。文字通りあっという間だったような気がします。
 
 今回は、そのなかから一番の思い出のようなものを探して書いてみようと思ったのですが、あまりに多くのことがあったために、かえってひとつにしぼりきれません。いろいろなことが頭をめぐるばかりで、これだというものが思い浮かばないのです。強く思い出に残ったものがないというのではなく、どれもいまなお新鮮で、ひとつだけ選ぶということができません。授業中に私語をする学生に大人げなく大声を出してしまったこと、教職員の親交会で高級料亭にいったこと(ちなみに費用は毎月の給料から天引きです)、卒業式で自分のゼミ生が学科の首席に選ばれたこと、はじめてお見合いの話がきたこと、どれもこれまで体験したことのなかった、感慨深い思い出です。
 
 ですが、それでもひとつだけ選ぶとするなら、ゼミ生がくれたつぎの言葉かなと思います。あるとき、ひとりのゼミ生がこういってくれました。「先生にもう少し早く出会っていれば、もっと勉強したかもしれません。先生に出会うのが遅すぎました。」
 
 以前の教員コラムに少しだけ書きましたが、私のゼミでは、教科書のようなものを読んでいくというスタイルはとらず、大学生として身につけてほしい教養や基本的な能力(読み書きやプレゼンテーションの能力)を育む目的で、いろいろな活動(ビブリオバトル、哲学カフェ、ときには面接の練習など)をなかば実験的に試みています。その一方で、できるだけ彼らの話を聞くようにして、そのうえで、私から彼らに伝えられることを考えています。うえの言葉が出たのは、フランスのピエール・ブルデューという社会学者が唱えた「文化資本」の話を(雑談気味に)していたときだったのですが、なぜ大学で勉強しなければならないのかを、私なりに考えて彼らに伝えました。その結果、さきほどの言葉が返ってきたのです。
 
 この言葉のあと、図書館に遅くまで残って、勉強したり就活の準備をしたりする彼らの姿を見かけるようになりました。行動につながる心からの言葉であったとわかり、とてもうれしく思いました。
 
 厳密にいえば、この言葉は大学における私の思い出のひとつではありません。というのも、この言葉は思い返そうとする努力が不要なほど、つねに私のそばにあるからです。これからも、学生が自分で勉強したいと思えるようになる、そのきっかけとなるゼミにしていきたいと思います。
 
 
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