2017.04.24.
英語文化学科西原 克政

詩の翻訳という隙間産業

教室ではアメリカの現代詩や一般の語学の英語を教えていますが、ふだんはときおり企業がらみで、日本の近代詩や現代詩の翻訳の仕事が舞い込んでくることがあります。音楽関係では、日本の詩を作曲して出す楽譜に、その詩の英訳を付けるのを頼まれたりします。そんななかで、昨年11月に依頼されたのは、キリンビールから、3月21日(火)から期間限定で発売された「一番搾り 若葉香るホップ」に2種類、谷川俊太郎さんの詩を載せるので、その英訳を頼むというものでした。

○350_2mai
(300ml缶)

こういう仕事の場合、だいたいファックスで突然入ってくるので、基本的に1週間以内にやってくれというもの(まさに隙間産業の黒子の仕事!)がほとんどです。このときも詩が同時に送られてきたので、短いものならふつう30分以内に片づけてしまいます。その2種類の詩のうち、500mlのロング缶のほうの詩の英訳をいっしょに考えてみましょう。原詩は以下の通りです。

「はなをこえて しろいくもが
くもをこえて ふかいそらが」
若いころ書いたこんな詩句が古びないのは
くりかえす自然が年ごとに新しいから
いまいぶきを手にするあなたのうちにも
生まれて初めての新しい春が息づいています
その泡立つほろ苦い歓びに 乾杯!
詩・谷川俊太郎

この平易といっていい日本語のなかで、よく読むと一か所翻訳しづらい部分があります。それが「いまいぶきを手にするあなたのうちにも」の「いぶき」です。よく考えると、この「いぶき」とは、この500ml缶の「ビール」を春の「いぶき」に譬えていることがわかります。しかし翻訳は難しいですね。結局、「いまいぶきを手にするあなたのうちにも/生まれて初めての新しい春が息づいています」というところは、”Tasting the essence of spring now for the first time in your life, it has come alive in you.”という英語にしました。つまり「いぶき」が、春の「風」から「ビール」に、さらには「春のエッセンス(エキス)」という比喩表現に変容したわけです。かなりの意訳ですが、詩の中ではもっとも詩的な部分といえそうです。ちなみに全文の英訳は、最終的にウィリアム・I・エリオットさんとわたしの訳で、以下のようになりました。お店の実物の缶ビールでも確認できますので、興味のある方は原詩と英訳を比べてみてください。

○500_ase_2mai
(500ml缶)

“Flowers beneath a spread of white clouds,
and over the clouds a deep sky.”
These words I wrote in my youth don’t grow old
because nature renews itself every year.
Tasting the essence of spring now for the first time
in your life, it has come alive in you.
Here’s to your frothy, bitter delight!
Shuntaro Tanikawa