2010.08.26.
英語文化学科島村 宣男

ミルトンの影VII

ミルトンのイタリア訪問については、彼自身の著作 Defensio Seunda pro Populo Angliano (1654) に詳しく、南西フランスはニース (F. Nice) から海路、コロンブス生誕の地、港湾都市ジェノヴァ (It. Genova) に渡り、そこからフィレンツェ (E. Florence) 入りを果たしています。「花の都」という代名詞は、もともと古代ローマ人が名付けた、「花の女神」を意味する Florentia というラテン語に由来します。言うまでもなく、中世フランス語から借用して英語化した flower とは同じ語根を有しています。

Firenze (Aug. 27, 2009) ©Nobuo Shimamura

アルノ川 (It. Fiume Arno) を挟んで市街地の南西に位置する小高い丘、ミケランジェロ広場 (It. Piazzale Michelangero) から俯瞰するフィレンツェの全景は、いつ見ても言葉に尽くせぬほどの美しさです。

ミルトンが、15世紀にメディチ家の豊かな財力が開いた華麗なルネサンスの息吹のいかほどかを、当時はメディチ家の別荘に飾られていたボッティチェルリの名画のうちに見出したであろうことは、「楽園」(Paradise) の春を謳う、次の美しい詩句に窺えます。

The birds their choir apply; airs, vernal airs,
Breathing the smell of field and grove, attune
The trembling leaves, while universal Pan
Knit with the Graces and the Hours in dance
Led on th’ eternal spring.
Paradise Lost, IV.264-68

〔小鳥たちも合唱した。微風が、春の微風が/野や森の香りを撒き散らし/木々の葉を揺らすとみるや、
半獣神パンが美の女神たちや時の女神たちと手を組んで踊りながら/永遠の春の女神を導いた。〕

Botticelli, La Primavera (1477-78) (Galleria degli Uffizi 蔵)

(英語英米文学科 島村宣男)