教員紹介

国際文化学部教員コラム vol.65

2012.03.16 比較文化学科 郷原 佳以

ルパンの館へ


子どもの頃、皆さんのヒーローは誰でしたか? 小学生の頃、私のヒーローは怪盗紳士ルパンでした。ルパンといっても、アニメでおなじみのルパン3世ではありません。ルパン3世の祖父にあたるアルセーヌ・ルパンです。『奇巌城』、『8・1・3の謎』、『黄金三角』、『緑の目の少女』等々、小学校の
図書室にあったポプラ社の〈怪盗ルパン全集〉を片っ端から読み漁っていました。自身も冒険小説作家であった南洋一郎が子どもたちのために全篇訳し直したシリーズで、小学生でも読みやすく、表紙のほか要所要所に想像力を補ってくれる挿画もあって、ページを繰る手が止まりませんでした。
並行して、やはりポプラ社から子ども向けに出ていた〈名探偵ホームズ〉シリーズや、江戸川乱歩の〈少年探偵団〉シリーズも一冊ずつ借りては読んでいて、    モーリス・ルブラン著、南洋一郎訳、ポプラ社後者はテレビドラマも放映されていたので併せて楽しんでいました。けれども、小学生の頃は、理知的な推理をするホームズよりも、怪人二十面相に立ち向かう小林少年よりも、怪盗でありながら温かい心をもち、人を殺めることはなく、貧しい者や弱い者を助け、巧みな変装で堂々と人前に姿を現し、手品のような華麗な技で大衆を魅了し、何人もの美女を虜にしてしまう紳士ルパンに、おそらくどこかでヨーロッパへのあこがれも手伝って、惹かれていました。といっても、同じ頃に、角川文庫から復刊された山川惣治の『少年王者』や『少年ケニヤ』も貪るように読んでいたので、単純に冒険活劇が好きだったのかもしれません。ルパン譚は、推理小説としては脇が甘いところがあるのですが、冒険小説として一流なのです。
中学生になると、もう少し「大人」向けの本を読むようになって、いつのまにかルパンから離れていましたが、大学に入ってから、思いがけず再会することになりました。ルパンと、というより、「リュパン」と。フランス文学を専攻するようになっていた私は、アルセーヌ・ルパンがArsène Lupin(リュパン)であり、ルパン譚を書いたモーリス・ルブランが、ノルマンディーの古都ルーアンで、フランスを代表する作家ギュスターヴ・フローベールの身近に育ったことを知りました。若い頃から文才を発揮していたルブランは、フローベールやモーパッサンのような純文学の作家を目指していたのですが、ある雑誌から依頼を受けて、怪盗を主役に短篇を書いてみたところ、これが大当たり。それからルパン譚の連載が始まりました。1905年のことです。
ルブランが暮らしていたノルマンディー地方、なかでもエトルタという小さな港町がルパンにとっても重要な場所であることに気づいたのは、大学の友人たちと「ルパン研究会」を始めてからでした。とりわけ、『奇巌城』と訳されている『空洞の針』という作品です。「空洞の針」とは海に聳える空洞の針岩で、そこに莫大な秘宝や美術品が集められている、などというといかにもドラマチックなのですが、ところがこの針岩、実在するのです。留学中に2回も足を運んで目に焼き付けてきました。左の写真を見てください。
なるほど、このような場所をルパンが見逃すはずはありません。この針岩のなかに世界中から集められた宝物が飾られていると言われたら、そんな気がしてきませんか?
ちなみに、この奇蹟のような光景を作品に採り入れたのはルブランだけではありません。この光景は、ノルマンディーを愛した多くの画家たちに描かれてきました。なかでも繰り返し描いたのはモネです。そのうちの一枚、《エトルタの断崖》(1885)はこちら(右絵)。
私たちはこの針岩に入ることはできませんが、ところが何と、「ルパンの館」は訪れることができます。このすぐ近くに田舎風の邸宅があって、入口には、ほら、ルパンが。
ここは、作者ルブランが20年近く暮らした家なのですが、そのなかに、 『奇巌城』を元にして、「ルパンの館」が再現されているのです。私も2度訪れましたが、扉を開けるとたちまち小説のなかの世界です。

小説を読むことは、本来、こんなふうに自由で豊かなことです。授業では、こういった大衆小説も取り上げながら、「読む」ことの楽しさを追求しています。

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