2010.05.13.
比較文化学科鈴木 正夫

日中戦争と中国人文学者

日中戦争の期間中、中国の文学者たちはどのように過ごしたのでしょうか。国民党支配地域や共産党支配地域で活動した作家はもとより多数います。日本軍の占領地で日本軍に協力した日本留学経験のある作家もいます。また様々な事情で日本軍占領地に留まりながら、抵抗の姿勢をくずさなかった作家もいます。

掲げた写真に映っているあかぬけした建物は、太平洋戦争前には、上海のフランス租界内にあったアメリカンスクールのそれです。現在はある研究所として使用されています。場所は上海図書館の裏手です。ここには太平洋戦争中、日本軍の滬南憲兵分隊が置かれていました。この憲兵隊に二人の著名な中国人作家が反日的活動の容疑で逮捕され拷問を受けました。戦後になって二人はこの間の経過を書いて発表し、その取調べの中心になった日本憲兵の名前も出しています。この憲兵はもともと僧侶であると二人の作家とも述べています。この憲兵は実在し、戦犯にはならず、帰国後も住職を勤め、かなり前に亡くなっています。二人の作家はなぜかこの憲兵を抗戦勝利後告訴した形跡はありません。しかし、二人がこの事実を記して公表した意義は少なくありません。その非道な行為が後世に伝えられることになっただけでなく、読者はこれに耐えた作家の志を思うと、感動と憤りを覚えるでしょう。そして中国人にも日本人にも、人間を狂気に駆り立てる戦争というものを考える手だてを残してくれました。文学の力であり、魅力です。

戦争に関する文学作品は数多くあります。文学を通じて戦争に関心をもち、不幸な歴史をくり返さない認識をもってくれればと思います。

(比較文化学科 鈴木正夫)