2010.06.03.
比較文化学科佐藤 茂樹

口裂け女と比較文化

みなさんは、「口裂け女」の話を知っていますか。もう30年も前のこと、当時の小学生を不安に陥れ、一種の社会現象にまでなった都市伝説のことです。どんな姿かというと、口が耳まで裂けていて、それを隠すために白いマスクを掛けているのですが、その両端から裂けた口がはみ出しているのだそうです。そして出会うと「わたし、きれい?」と聞いてきて、「いいえ」と正直に答えると「何ですって!」と言って追いかけてくるし、「ええ、きれいですよ」と答えても「嘘をおっしゃい!」と言って同じく追いかけてくるのです。では、なんと答えればいいのか? ゼミでこの話をレポートしてくれたひとりは、「それなりに」と答えればいいと教わり、とっさに言えるように一生懸命努力したと報告してくれました。

佐藤茂樹ゼミ

ここからが比較文化の問題です。社会や文化にはそれ特有の「偏り」があります。悪い意味でいっているのではありません。ドイツでは、バカンスの話になると座が盛り返すというのも、そのひとつです。そうすると、この答えはわたしたちの社会や文化の「偏り」がどの辺にあるのかをよく見せてくれるよい例ではないでしょうか。「それなりに」は、嘘と真実の両極端を明言することを避けた「中間」の返答です。事実を突きつけることで相手を追い込んでしまうのでもなければ、嘘で相手の意を迎えようとするのでもありません。問いの核心を巧みに逸らしながら、白黒の決着を避けて、事態を回復不可能にしないで済ます答え方です。よく言えば、「気遣い」ですが、同時に、この相手を傷つけまいとする「気遣い」は、相手を傷つけることによって自分も当事者になる負担を嫌がる心理に通じているのではないでしょうか。小学生の彼女がこの返答の効力を信じたことは、それを納得させる素地が社会全体に広がっていたことの証に他なりません。「それなりに」という言葉になって現われた解決策は、その社会に共通の心情の所産なのであり、その社会の「偏り」が自ずと言葉になったものと見ることができるのです。

こんな話を一緒に集め合って、自分が暮す社会や文化の姿を改めて知る勉強をしてみませんか。

ドイツの都市伝説の本

(比較文化学科 佐藤茂樹)