2010.02.04.
比較文化学科岡田 桂

女もすなるJiu-Jitsu

日本の伝統的な武術である「柔術」(Jiu-Jitsu)を、100年以上昔のイギリス人女性たちが
熱心に学んでいたといったら、少し意外でしょうか。

実は、柔術は19世紀末から20世紀にかけて、イギリス社会で大きなブームを巻き起こしました。
特に日露戦争後、英米では、「身体の小さな者が自分より大きな相手を投げ飛ばす」柔術というものが、
「小国日本が大国ロシアを倒す」という比喩とあいまって、一般人にも非常に熱心に受け入れられました。

しかし、この「身体の小さい者が、より強い相手を倒す」という柔術の機能は、当時、
低い社会的地位に甘んぜられてきた女性、特に参政権を求めて闘った婦人参政権運動家たちを
特に魅了しました。当時の婦人参政権運動は非常に激しく、時には警官や男性たちによって、
女性たちの集会が暴力的に解散させられることもありました。そこで、活動家の女性たちは
自らの護身のために柔術を習い始めたというわけです。

この時期、婦人参政権論者を指す「suffragettes(サフレジェッツ)」と「Jiu-Jitsu(ジュージュツ)」を
組み合わせた「Jiu-jitsuffragettes」という造語が生まれたほどです。

日本の女性による組織的な柔術や柔道の実践が1920年代以降であることを考えると、
20世紀の初頭、既に遠い異国の地イギリスで女性による柔術が花開いていたことは、
新鮮な驚きといえるかもしれません。柔術という文化が、海を越えてその意味や価値を
徐々にずらしながら、異なる文化圏で定着したという興味深い一例です。

※写真1. ミセス・ロジャー(エミリー)・ワッツの著作より(1906年)
※写真2. ミセス・ガーラッドのデモンストレーション(1910年)

(比較文化学科 岡田 桂)