2010.05.20.
英語文化学科仙葉 豊

イギリス初期小説研究<前半>

こんにちは。仙葉です。ちょっと変わった名前ですが、もともとは千葉県の出身のようです。「千」の字を「仙」の字に代えて「仙葉」という苗字にしたみたいです。「仙波」という苗字の方が多いかもしれませんが、遠い親戚でしょうか。今日はこれから、私の専門に勉強していることをお話ししてみようと思います。わかりやすく話すのはなかなか難しいのですが、よろしくお願いします。

私は近代小説の起源という問題に惹かれて、もうかれこれ30年ほど、この問題を考え続けています。近代小説がどのように起こり、どのような形で発展して現在われわれがみるように身の回りにあふれるようになったのかということを研究しているわけです。今、「近代小説」と言いましたが、この言い方にも問題があります。「近代」という時代区分はどのような定義なのか、いつからいつまでをいうのか、ちょっと歴史の先生に訊きたいような問題がまずあります。「近代」以前に小説はなかったのでしょうか、「詩」や「演劇」などはもちろん昔からあったものでしょうが、それでは昔からあったという「小説」とはどのようなものだったのでしょうか。現在われわれが回りにみかける小説とは全く違ったものだったのでしょうか。

これに答えるためには、「小説」とは何か、古典的な小説と近代的な小説とはどこが違うのかを問題にしなくてはならなくなります。より大きく言えば、小説という文芸上の一つのジャンル(他のジャンルとしては前にも言ったように、叙事詩やシェイクスピアの劇作品のようなジャンルもありますね)について考えなければならないのですが、これは、小説があまりに大きなジャンルになってしまって、そのなかに、「探偵小説」や「青春小説」、「冒険小説」、「ファンタジー小説」、その他たくさんの種類がサブジャンルとして登場してきたために、もうなかなか定義がはっきりできない状態になってしまって、大変むずかしいことになっているのです。そこで、私は、おおもとに帰って、近代小説が興ったと一般的いわれているイギリスの18世紀の初期小説と呼ばれるものの研究をしているわけです。いわば小説の起源とは何か、起源の小説とはどんなものかを研究しているといっていいでしょう。といってもなかなかすすみませんがね。

『ロビンソン・クルーソー』(1719)の初版本の挿絵。
沖に難破船が見える。

イギリスは欧米諸国のなかでももっとも早く近代化が進んだ国といわれています。議会制度の出現によって王権に制限が加えられ、18世紀初頭から2大政党がしのぎをけずるなかで、多くの人々に影響を与えるためにジャーナリズムが興ってきますし、銀行が設立され経済上でも他の国々へ支配力を強めていきます。やがて18世紀の後半から19世紀にかけて産業革命が起こって分業制と機械による生産活動が盛んになっていくのは、もう皆さんが高校の世界史の授業で習っているところでしょう。このような大きな流れの中で1720年から1740年ごろにかけて、小説、英語では「ノヴェル」という新しい文芸が生まれてくることになります。皆さんは、もう『ロビンソン・クルーソー』や『ガリヴァー旅行記』などという作品の名前を聞いたことがあるでしょう。前者は1719年にダニエル・デフォーによって、後者は1726年にジョナサン・スウィフトによって書かれています。このころから散文によるフィクションという形のものがたくさん出版されてくるのですが、この2作が代表のようなものになります。『ロビンソン・クルーソー』はいわゆる「リアル」な写実的な手法を創りだした最初のノヴェルといわれるようになりますし、『ガリヴァー旅行記』は、現在大流行と言っていいファンタジー系の小説の起源の代表的なものになります。みなさんは、宮崎駿監督の『天空の城ラピュタ』という作品をご存じでしょうが。この「ラピュタ」は、実は『ガリヴァー旅行記』の第3部にある「ラピュータ」という空飛ぶ島をモデルにしているようにも思えます。起源の話もすてたものではないでしょう。

『ガリヴァー旅行記』(1726)の第3部の地図。
当時の地図をスウィフトが改作したもの。
ガリヴァーは日本(JAPON)へも行っている。

デフォーとスウィフトは、お互いに性格も思想も職業もまったく対照的な作家だったので、今ではライバルといわれていますが、実は、デフォーの『ロビンソン・クルーソー』が売れに売れたのでそのパロディを書いてやろうとスウィフトは思ったのでしょう。お互いに車の前輪のように意識し合って1720年代の新しい「ノヴェル」というジャンルの形成に与って力があったのです。現在、私のゼミでは、この『ガリヴァー旅行記』を精読しながら、当時の文化一般をも視野に入れてみんなで勉強していますし、『ロビンソン・クルーソー』の方は、大学院のテキストとして読んでいます。古典ですが、結構面白いですよ。

車の前輪にたとえたデフォーとスウィフトに対して、車の後輪に当たるライバル作家が、サミュエル・リチャードソンとヘンリー・フィールディングです。リチャードソンは『パメラ』(1740)という可憐な少女の召使が主人の男性に襲われるという物語を書いて、これが大層評判になります。そして、パメラの弟を主人公にした『ジョゼフ・アンドリュース』(1742)というこの小説のパロディを書いたのが、フィールディングでした。したがって、1740年代にはいると、また二人のライバル同士になる二人の作家の登場によって、さらに近代小説の新しい側面が切り開かれたことになります。前輪の2人は主に旅行記という枠組みのなかでの冒険小説を、そして後輪の2人は心理とプロットという点で新機軸を打ち出したのでした。そういうわけで、1720年代から1740年代にかけて、この「ノヴェル」とよばれる新車のモデルが、4つの車輪にたとえられる対照的な作家たちによって、担われ、作り上げられそして動き始めていくことになります。このあたりのこともいずれゼミや英文学の授業でお話していくことになるでしょう。楽しみにしていてください。

(英語英米文学科 仙葉  豊先生)