昨年(2016年)は、11月中に横浜でも雪が降った珍しい年でした。11月24日(木曜日)早朝、関東地方南部にも雪が降りはじめ、本学金沢文庫キャンパスも薄っすらと雪化粧。
今年(2017年)も梅雨明け後の8月前半は雨が続き、秋には例年になく降水量の多い台風が日本列島を通過しました。日照時間が少なかったとか。珍しい天候現象が続いているようです。今年も降雪は早いのでしょうか。
「雪のかたち」の文化事象として雪形、雪輪、雪華等をあれこれ探してフィールドワークを続けています。このテーマで2017年3月には、茨城県の古河を訪ね、雪はほとんど降らない沖縄の那覇、宮古島も訪ねました。
2017年3月18日(土曜日)午前10時、古河歴史博物館に向かうために古河駅前でバスを待っていたところ、空からは、雪華ならぬ黒く焦げたヨシの小片が舞い降りてきて、ちょっとびっくり。少し焦げたにおいも漂ってきます。大変。午前8時半に始まった渡良瀬遊水地のヨシ焼きの煙は古河駅に近づく電車内からもよく見えていました。渡良瀬遊水地では「葦焼き」という野焼きは、春の始めの「年中行事」です。渡良瀬遊水地アクリメーション振興財団のホームページでは「豊かな自然を守り、未来に伝えるために大切な役割を担っています」と協力を呼び掛けていて、市内の広報用スピーカーからも実施している旨のメッセージが流れていました。この日のヨシ焼きは午後6時15分に終了したそうです。
この日、私が古河市歴史博物館の展示で見たものは、「雪華」です(「雪の殿さま土井利位」会期:平成29年(2017)3月18日(土)~5月7日(日))。雪がたくさん降る町とはいえない古河でなぜ雪の結晶の研究が行われたのでしょうか。江戸時代、古河藩の殿様、土井利位(どい としつら)は舞い降りてくる雪を見て「雪の華」の研究を思い付いたのでしょうか。素朴な疑問です。
博物館図録(『雪の華』の解説によりますと、土井利位(1789-1848)は、雪の結晶を20年間にわたり、観察したそうです。その成果を天保3年(1832)に雪の結晶86種の雪華図を収めた『雪華図説』を刊行し、天保11年(1840)に97種の雪華図を収めた続編を刊行しました(この雪華の数は、図録の14頁に示された数です)。かなり多くの雪の結晶が掲載されています。日本で雪に関する最初の自然科学書とされています。
雪氷学に関心を持つ人びとや歴史・民俗に関心をもっている人びとにとっては、基本的なテキストであり、私も鈴木牧之の『北越雪譜』(岩波文庫 1936)を読んだことがきっかけで、この『雪華図説』に関心をもちました。
展示は『雪華図説』を始め、当時使われた道具、顕微鏡等が展示されていました。それに「雪は天から送られた手紙である」という名文でよく知られている中谷宇吉郎が解説した文章も展示されていました。
古河歴史博物館 『雪の華 - 『雪華図説』と雪の文様の世界』6頁 1995より
「雪華」が古河の市域活性化に一役かっているようです。歩道にも、学校の壁にも、校章にも、そして、市が開催するイベント関連の品々にも雪華が描かれています。古河はさまざまな雪華グッズを作り出しています。こうした古河の様子を土井の殿様はほほえましく思っていることでしょう。
雪を楽しむには、雪害と戦わざるを得ない豪雪地帯よりも、古河のような雪が時折舞い降りる北関東の平野部がよかったのかもしれません。そして、歴史の教科書でよく見かける蘭学者、鷹見泉石(たかみ せんせき)という家老にサポートされ、西洋の自然科学の研究を取り入れた殿様ならではの研究だったのでしょう。
では、雪がほとんど降ることのない沖縄は、雪に関連する文化とは無縁でしょうか。確かに伝統的な芭蕉布や琉球絣等には雪のデザインは使われていないようです。ただ、紅型には、「雪輪」や「雪持ち笹」の文様も使われています。鎌倉芳太郎が集めた古い紅型の型紙資料にその文様があります(『鎌倉芳太郎資料集 第1巻』紅型型紙(一)(沖縄県立芸術大学附属研究所、2002年、『鎌倉芳太郎資料集 第2巻』紅型型紙 (二)(沖縄県立芸術大学附属研究所、2003年)。「雪持ち笹文様」は14例が、「雪輪文様」は23例が掲載されています。ただ、結晶の文様はなかったようです。でも、さらに調べてみましょう。
なぜ、雪の文様が使われているのかについては、珍しいからということもあるでしょうが、『沖縄の文様』(那覇市立歴史博物館2016)によりますと、
「雪は豊年の兆しとされる。江戸後期に雪の結晶が観察されると
様々な結晶文様が作られ、流行となった。
琉球で雪は降らないが、主に紅型衣装に用いられる」(3頁)
と説明されています。おそらく、和服の文様(和様)を紅型の文様として取り入れる際に数多くの文様の一つとして「雪」が取り上げられたのでしょう。雪華(雪の結晶)の文様があったのかどうかも含めて、これからも雪華、雪輪、雪形等の事象を関連づけて文化研究を進めていきます。
コースター(観光土産品):紅型風の文様の一つとして雪持ち笹の文様もデザインされています。
雪形については、すでにこのコラムでも述べていますが、昨年(2016)は、「雪形の「時」と「形」- 信州雪形探訪」を『季刊 民族学』157号(特集 信州の山) (国立民族学博物館 協力 28-29頁、雪形画像 4-5頁 大阪:千里文化財団 2016)に掲載しました。金沢文庫キャンパス図書館の雑誌コーナーに配架されています。また、『世界の暦文化事典』(中牧弘允 編集 丸善出版 2017年)にも、コラムで「雪形」(74頁)を載せています。世界の暦の解説とともに図書館でご覧ください。
最近では、新潟県妙高山の前山、神奈山に現れる雪形「跳ね馬」に因み、鉄道路線の愛称として「妙高跳ね馬ライン」が使われています。また、第73回国民体育大会冬季大会スキー競技会(2018年)は、「にいがた妙高はねうま国体」と名付けられています。すでに自然暦としての本来の役目を終えた雪形ですが、地域の特色を示す自然・文化事象として再び注目され始めています。
本稿はゼミナールのメンバーに向けて発信している「研究室のこよみ」をもとにして作成しました。「研究室のこよみ」は、私のゼミナールで議論するための一つの資料です。諸文化の特徴について主に文化人類学・民俗学の観点から述べています。関心をもっているメンバーとの議論を楽しみにしています。