英語教育界ではコミュニケーション力が重視されて久しく、シェイクスピアなどやっていてはだめだという声を時々耳にします。「シェイクスピア」で英米文学一般を意味してもいるようです。確かに400年も前のシェイクスピアの英語はたいそう難しく、それ自体はコミュニケーション力養成に直接は役立たないかもしれません。また英語力が不十分なまま難解な英米文学に取り組むことも不可能で、英検2級程度の語学力は必要です。この基本的な英語力の上に英米文学を学べば、さらに広く深い本物の語学力を身につけることもできます。一方文学や哲学自体は、すぐには実用の役に立ちませんが、新聞やニュースだけでは得られない、より広く深い世界を切り拓くもので、生きていく上で思いがけず助けられることがあります。以下私自身がシェイクスピアを愛好してきた経験をお話しします。
本学学生によるシェイクスピア英語劇『恋の骨折り損』(2008)のワンシーン
私は20歳頃からずっと英詩に魅せられて、特にロマン派を研究してきましたが、大学で受けた講義ではシェイクスピアはわかりませんでした。面白いと思ったのは、1970年代半ば前、学部生の終わりころに、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー日本公演で『真夏の夜の夢』の舞台を観てからです。その後シェイクスピアを専門にはしていませんが、大学生にその面白さを伝えるよう、授業の内外で音声や画像、動画を用い、いろいろ取り上げてきました。結果わかってきたことは、最も有名な作品でも、ある程度の準備があったほうが上演を楽しむことができるということです。あまり有名でない作品ですと、登場人物のあらましと、あらすじを事前に把握することが欠かせないようです。手っ取り早いのは日本語字幕つき映画版か、そのほかの動画を観ておくことです。ただし映画版にせよ、舞台版にせよ、余りにもすばらしい録画版を見てしまうと、生の劇に満足できないという矛盾も生じ得ます。
私は授業の中でも強調しています。シェイクスピアは時代を超えて聴衆に挑戦してきます。シェイクスピアは学べば学ぶほどそのすごさ、面白さが分かってくるのです。そして、シェイクスピア劇を観てきっと「面白い!」と感じるはずです。能や狂言など、日本の古典芸能でもそうですが、芸術性の高いものを理解するにはある程度の勉強が必要なのです。
イギリスITCL劇団による『ロミオとジュリエット』(2009)のワンシーン
当文学部では英米圏で伝統的な ‘English’ の本流を守っていますが、本学は全学レベルで学生による、半世紀以上にわたるシェイクスピア上演歴(シェイクスピア英語劇)を誇っています。またPoetry Kantoなど、英詩を大事にする伝統もあります。シェイクスピアの英語劇に参加する学生や指導者の努力は並大抵のものではありませんが、さらに本学ではこれに加えて、数年前から英国のプロ劇団(International Theatre Company London (=ITCL))を招聘する催しが始まりました。初夏に本場ものの上演があり、初冬には学生の自主上演があり、関東学院大学のシェイクスピアの伝統もさらに充実してきました。
夏目漱石も師事したW. J. クレイグ編纂
『シェイクスピア全集』(1905;rpt. 1971)のタイトルページ
『永日小品』の中の「クレイグ先生」参照。
漱石は1900-1903年に英国留学をしている。
(次回・後編に続く・・・)
(英語英米文学科 安藤 潔)