青年ミルトンの眼に、古代ローマの遺物たちはどのように映ったのでしょうか。
改築中だったカトリシズムの総本山、サン・ピエトロ大聖堂はもとより、古代ローマ帝国の創建にかかるサンタンジェロ城 (It. Castel Sant’Angelo)、コロッセオ、パンテオンといった巨大な建造物が異様なものに、醜悪なものに見えていたと しても決して不思議ではありません。
Michelangelo, The Fall
「この世に地獄があるとすれば、ローマこそはその上に建てられたものだ」という反カトリシズムの言説をミルトンは知っていたはずです。
システィーナ礼拝堂 (It. Cappella Sistina) の壁面を飾って圧倒的なミケランジェロを、聖書の壮大な世界を描いた記念碑的大作を、ミルトンは見ることができなかったようです。しかし、この三十年後、若き日の構想を転換した詩人の矜持は、「創世記」(Genesis) は《人間の堕落》を主題とする畢生のピューリタン叙事詩 Paradise Lost を生むことになります。
近世初期に入って、「花の都」のフィレンツェや「水の都」のヴェネツィア (It. Venezia) など、中世後期に栄華を誇ったイタリアの商業都市はすでに衰退期に入っていました。社会が活力を失えば、人心も乱れる道理、西北ヨーロッパの一島嶼は新興国家イングランドの改革精神に溢れた青年の眼に、こうしたイタリア社会の現実がいかに不健康に、不道徳に映ったかは察するに余りあります。
Venezia Now(Aug.2009)©Nobuo Shimamura
(英語英米文学科 島村宣男)