日本近代詩の歴史が眺められる、山本健吉 編『こころのうた』(文藝春秋)という本を、10年前にウィリアム・I・エリオット先生(本学名誉教授)と翻訳し、『ザ・シンギング・ハート』という題で、アメリカの出版社「ケイティディド・ブックス」から出してもらったことがあります。そのアンソロジーの中の一篇であった、蔵原伸二郎(1899-1965)の「昨日の映像」という詩は、とても好きな作品でした。それが引き金になって、およそ10年後に蔵原の最後の詩集『定本 岩魚』と遭遇することになったのも、不思議な縁です。
その仲介者となってくれたのが、おもに子供詩の分野で活躍されている、工藤直子さんです。工藤さんとは、よく詩の世界の世間話をする飲み友達です。なにかのきっかけで蔵原伸二郎のことが話題となり、工藤さんは蔵原伸二郎の「狐」の詩篇が自分の最大の目標であり、一生のうちにあんな詩が書けたらいいとまで絶賛されたことがありました。工藤さんもずいぶん昔の思い出がよみがえったようで、早速入手の難しい『定本 岩魚』をインターネットで探したそうで、その「狐」の詩篇のコピーを6篇送ってくださいました。その詩篇を読んで、おおげさにいえば、脳天から杭を打たれるほどの衝撃を受けました。それから自分もインターネットでその詩集を手に入れたほどですから、よほどのことだったのでしょう。その衝撃を翻訳に移し変えて、戦略的に、およそ半世紀ぶりに蔵原の作品が手に取れるようになったことが、なによりも嬉しかったです。
そして、45年前に蔵原の詩集を自費出版された、飯能在住の詩人で蔵原のお弟子さんである、町田多加次さんから、この『対訳 定本岩魚』(童話屋)への感謝の手紙が、昨年のクリスマスの日に届いたのも忘れられません。45年前に蔵原の『定本 岩魚』が出版された日付が、クリスマスだったからです。
(英語英米文学科 西原克政)