2012.12.15.
比較文化学科森島 牧人

クリスマスとは?

さて、12月が近づくと、街には X’masという記号があふれ出します。一体何の意味でしょう。“mas”とは「ミサ」と同じ意味で、「祭り」、「祝い」、「礼拝」を意味します。ではこれはMr.Xをお祝いする祭りのサインなのでしょうか。
実は、X’はギリシャ語の“ Χριστοs”(キリスト)の略語なのです。クリスマスという言葉はもうすっかり日本語になっていますが、もともとこれは二つの言葉からなる合成語だったのです。つまりクリスマスとは、“Christ+mas”です。キリストの祭り、キリストの祝い、キリストを礼拝するという意味なのです。
礼拝というと、たぶん教会やクリスチャンスクールでもたれる特殊な宗教儀式のことを考えることでしょう。しかしこれは、「価値」という言葉と深い関係があるのです。英語のworship(礼拝)は、worth(価値)を認めるという意味だからです。
私たちは、いつも、自分にとってもっとも価値のあるものを求めて生きています。聖書は「あなたの宝があるところに、あなたの心がある」と言います。従って、その人が何に価値を認め、追求しているかによって、その人の生き方が決まります。つまり、皆それぞれに礼拝するものを持っているからです。ある人にとって、それは健康であったり、お金であったり、名誉であったり、社会的地位であったりします。 クリスマス物語の中の人物像は、実は、いろいろな価値観を持った人々、つまり私たち人間を代表しているのです。
ローマ皇帝アウグストやユダヤ王ヘロデは、富と権力の座に着いています。東方の博士たちは、知識、知恵、技術の担い手です。羊飼いたちは、夜勤の労働によって生活を支えています。昔も今も、こういう人たちが互いに対立したり、妥協したりしながら、本当の人生の価値とは何であるかと、問いつつ求めつつ、しかも、分からなくなりながら生きているのです。これが私たちの社会ではないでしょうか。
その意味で、主イエスの誕生は、これらすべての人々にとってショックでした。富でも、権力でも、健康でも、仕事でも、知識でもない価値、すなわち「愛」の誕生でした。2000年の昔に生まれたあのベツレヘムの赤ん坊が、どのようにこの「愛」を生き、「愛」に死んだかを、聖書は訴え続けてやまないのです。