2013.11.22.
比較文化学科鄧 捷

ワールドスタディ(北京研修)報告

夏休みの集中講義を経て、9月6〜11日に行われた比較文化学科の授業<ワールドスタディ>北京研修について報告します。今回は12名の学生(うち1名は中国人留学生)が参加し、研修後にレポートを提出しました。彼らのレポートを引用しつつ今回の旅の様子を紹介していきます。

出発前の学生の気持ちは様々でした。「大学生になってから中国語の勉強を始め、…漢字と発音の美しさに取りつかれて二年半経った今でも熱心に勉強するほど中国語が大好きになって…ワールドスタディにかける気持ちが特別なものでした」(Aさん)というふうに、期待する学生がいる一方、多くの学生は、不安な気持ちを抱いていました。「行く前まで知人に『今度中国へ行ってくる』と伝えると、必ず『気を付けて』、『反日だから日本人とはあまり名乗らない方がいい』と忠告するような返事が返ってきた。私自身もそのように考えていたため、身構える形で入国した。」(Bさん)

中国入りの翌日には、みんなの戸惑いと不安は、観光地を自らの足で回り、現地の人々と日本語を交えながら拙い中国語や英語で交流を図ろうとしているうちに、北京という街を楽しむ気分へと変わっていったようです。

「故宮も、天安門広場も、万里の長城も、天壇公園も、どれもどれもどれも、とにかく壮大で、自分の予想をはるかに上回っていました。歩いて周るのがとても大変で、何度足が折れかけたことか。先生方がとても健脚で驚きました。」(Cさん)本当の北京を体験してもらうために、私たちは極力にタクシーや車を避け、地下鉄とバスと自分の足で北京を見て回ることにしました。

天安門広場には「たくさんの人がいて、中国人も多かったことが意外であった。…帽子を売っているおばさんも印象的でどんどん商売をする人が周りに集まってきたことにびっくりした。みんなフレンドリーだと感じた。集中講義で事前に天安門事件のことや、天安門と毛沢東の話を聞いていたため、この場所で昔あのようなことが起きていた、中国を作った場所だなと考えながら見ることができた。」(Dさん)

(写真:天安門広場でお揃いの帽子を買った!
クイズ①:赤い星は何を意味している?)

「故宮の広さと美しい建築物やその構造に驚いた。…先生たちの解説とともに故宮を回ることで、自分がみてもなにが何なのか分らなかったであろうものが、当時どのような意味をもっていたのか知ることができたのは良い経験であった。」(Eさん)

(写真:故宮にて。
クイズ②:屋根にある龍の足の指の数は?
日本の龍と同じ?)

魯迅博物館にも足を伸ばした。「本人や家族の写真や阿Q正伝の手稿、さらに北京の伝統的建築様式である四合院で作られた魯迅の旧居なども見れて、授業で習ったことを記憶から掘り起しながらじっくり見学できました。」(Fさん)

(写真:魯迅博物館にて藤野先生を囲んで。
クイズ③:藤野厳九郎先生ってだれ?)

魯迅博物館を出てから昔のままの胡同(民家と民家の間の細い路地)を通って地下鉄駅に向かいました。計画になかったこの胡同歩きは、学生たちに深い印象を与えました。「コオロギを販売し、その場で闘蟋(トウシツ)をさせ、そのことに夢中な男性たちをみて、この異様な雰囲気を実際に見てみなければ分からないものだと思わされた。」(Gさん)しかし、一歩大通りに出ると、近代的北京の街が広がっています。「中国という国はとても不思議な国でした。…通りをひとつまたぐと、時代はひとつまたいで次の時代に進んだり、また戻ったりしたような、そんな錯覚に襲われることが多くありました。」(Cさん)

(写真:販売しているコオロギ)

(写真:胡同の中。
クイズ④:闘蟋ってどんなゲーム?)

胡同を出て地下鉄に乗って向かったのは、今の北京で若者に人気があるスポット「南鑼鼓巷」――約700年前に作られた胡同に現代的なカフェやショップが立ち並ぶストリート。おしゃれなカフェ「過客」で疲れた足を休みました。

(写真:カフェ「過客」の中。
クイズ⑤:「南羅鼓巷」はかつて「羅鼓」作りの
職人の街。「羅鼓」って何?)

三日目は北京郊外に広がる明十三陵と万里の長城。とくに万里の長城の雄大さは圧巻でした。「地平線まで砦が連なっているのが見え、その美しさと圧倒的なスケールの大きさ、そして今までテレビでしか見たことがない万里の長城を、自分が踏みしめているという事実に只々感動せずにはいられなかった。この巨大な建造物が秦の始皇帝の時から造られ、明代に再建されたものだとはとても信じられず、中国4千年の歴史の深さと強大さを肌で感じた瞬間であった。」(Bさん)

(写真:万里の長城。
クイズ⑥:長城の両側の壁の高さが違う。なぜ?)

四日目は協定校「北京第二外国語学院」の訪問です。日本語学院の学生たちと交流会を行い、昼食を共にし、図書館や同時通訳の授業を行う教室を見学しました。

(写真:北京第二外国語学院の校門にて)

「みんな日本語がうまくて…中国語をしゃべれない自分が申し訳なくなりました」(Hさん)が、「日本語科の学生たちの積極的に日本を理解しようとするその姿勢に非常に感銘を受けた。…日本をもっと知りたい、歩み寄りたいと言ってくれる学生がいることが本当に嬉しかった。たった数時間の交流で、私はこんな風に考えてくれる人もいるなら、日本と中国が抱えている問題はきっと良い方向に向かうのではないかと前向きに考えることができた。勝手なただの理想だが、日本と中国が互いに興味をもち互いの考えを理解しようとするそれだけで、お互いの国の印象は大きく変わるのではないだろうか。」(Eさん)

(写真:交流会)

(写真:図書館見学)

五日目は天壇公園です。故宮は皇帝の住まいであり「政治が執り行われる場であったのに対して、天壇は皇帝が豊作などを天に祈祷する場であった」(Iさん)。青の屋根をいただく円形の建築物群は美しく、北京の青空に実に似合います。

(写真:天壇公園で「特撮」?
クイズ⑦:皇帝の色は故宮の黄色がシンボル
だが、天壇はなぜ青?)

思いがけず地書を書く老人に出会いました。地面に水で見事に書かれた詩句「遠上寒山石径斜/白雲生処有人家/停車坐愛楓林晩/霜葉紅於二月花」をみていると、老人は私たちを気付き、「遠方客人」を書いてくれて歓迎の意を示してくれました。

(写真:天壇に出会った地書老人。
クイズ⑧:上の漢詩の作者は?)

この予想外の出来事に「感激して涙が出そうになりました」(Aさん)、「中国の方にもこんなに温かい気持ちを持ってくれているのだと嬉しさと切なさが込み上げてきました。領土問題や環境問題で日本では中国の人を誤解している人が多いから、実際にこの地を訪れて気づくことがこんなにも沢山ある。」(Fさん)

秋の青空の下の天壇公園はすがすがしく、緑が溢れる憩いの場所です。この日は北京滞在の最終日でした。昼食に待ちに待った北京ダックを前門にある「便宜坊」で食べました。「客の前でアヒルを豪快に調理し、皮や肉、手や頭をサラダ巻きやスープにして、非常に美味しかった。」(Iさん)みんなで三羽も平らげました!

(写真:北京ダックを食べました。
クイズ⑨:学生が手にしているのは中国のお金
人民元の100元札。誰がお札の顔?)

最終日の午後は自由活動時間です。いくつかのグループに分けて自力で移動・食事・買い物をすることにしました。これは学生にとって本格的に中国を体験する始まりになったようです。うまく注文できないといった挫折もありながら、言葉が不自由な外国で何かをやり遂げる充実感を味わったものです。

六日間はあっという間でしたが、学生にとって「中国に対する悪い先入観を取り払ってくれた六日間」(Bさん)でした。中国は「思っている以上に日本に近く、また、みながみな反日ではなく、思った以上に親日的であるということでした。くわえて、日本以上に街の、人々が活気に溢れているようにも思いました。列に並ぶことや、交通の面でのギャップ、違いを多く感じることもありましたが…」(Cさん)滞在中に2020年のオリンピックが東京で開催されることが決まり、「私たちが日本人だとわかると『2020年オリンピックだね』などと声をかけてくれる中国人や私たちのつたない中国語を何とか理解して笑ってくれる中国人も多くとても心が温かくなった。」(Jさん)

日々変化している北京という都市、そこに暮らしている中国の人々に触れたことを通じて、多くの学生はある確信のようなものを得たように感じます。最後に二人の学生の声を紹介して今回のワールドスタディの報告の結びといたします。
「お互いに異文化理解をつとめれば、日本と中国の未来は決して暗いものにはならないはずだと感じた。そうなるためにも、日頃からニュースを鵜呑みにするのではなく、常に中立的な立場で物事を考えていくことにする。」(Bさん)
「中国の人々の意識も変わってきている今、日本人の中国への印象の持ち方も変えていくべきである。そのために、マスメディアの報道に踊らされず、自分が見た、聞いたことを信じて周囲に伝えていくということが肝要であると考える。」(Gさん)

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*クイズの答え:
① 中国共産党。
② 中国の龍は5爪、日本は3爪が多い。
③ 魯迅が仙台医学専門学校(現東北大学医学部)に在学した時の恩師。
④ コオロギを闘わせる中国古来の遊び。
⑤ 銅鑼(どら)と太鼓。
⑥ 敵の侵入を防ぐために中国の外側の方の壁は高く築いてある。
⑦ 天壇は皇帝(天子)が天に祈る場所であるため、ここだけは天の子として振舞い、シンボルの黄色を用いない。
⑧ 晩唐の杜牧。
⑨ 毛沢東。