2021.04.01.
比較文化学科八幡 恵一

フランスの思い出その4

 今回は前回から少しだけ時間を遡ったお話です。日本はまさにいま入学シーズンで、大学をはじめさまざまな学校で入学式や新学期のイベントが行われている時期だと思いますが、フランスの新学期は9月にはじまります。私もそれにあわせて9月に渡航しました。先のコラムに書いた通り、最初はとにかく家探しに夢中だったのですが、その合間に、自分が通う大学の「登録」を済ませました(フランスの大学は「入学」よりも「登録(inscription)」という言葉を使います)。私はパリのある大学の、大学院修士課程に登録しました。日本の大学で修士号はすでにとっており、最終的にはフランスで博士号を取得することが目的だったのですが、いきなり博士課程に登録するのは少し不安で、まずは修士号をとってから、という考えでした。
すでに大学から登録の日時が指定されており、その日(9月なかばごろでした)に大学に向かいました。郊外の大学で、間借りしていた友人の寮から1時間近くかかったと思います。最寄りの駅に着くと、比較的新しい、また郊外にあるため広々とした(と同時に寒々とした)キャンパスの、登録の受付をしている事務に向かいました。フランス語がちょっと不安だったものの、書類の確認はすぐに済み、続いて学費の納入になったのですが、ここで事件が起きました。
フランスの大学は、国立であれば授業料は無料です(そして大学はほとんどが国立です)。そのため、学費というか大学で学ぶためにかかる費用(登録料)は、施設利用費など年間で数万円程度で(いまはもう少し高いかもしれません)、学生はみなその場でクレジットカードで払っていました。私もそのことはわかっていたので、クレジットカードを使おうとしたのですが、日本でつくったカードだからか、事務の決済端末がカードを受けつけてくれません。うしろもつかえていたため、私は事務のひとに「郵便局にいって為替をつくってきて」といわれました。「為替(mandat)」という言葉は知っていたのですが、具体的にどうすればいいかはわからず、ともあれ大学の近くの郵便局に向かったところ、同じような学生が大勢いたのか長蛇の列ができています。これじゃとても事務が閉まる時間に間に合わないと思い、また当時はスマホでべつの郵便局の場所を調べたりもできなかったため、私は15分ほど電車に乗って戻り、まえに利用して場所を知っていたべつの郵便局に向かいました。その方が確実だと思ったんですね。そこで局の人に聞き、お金を現金で払って為替をつくり、急いで大学に戻ったのですが、その途中、為替の用紙をよくみると、なんと宛先の大学名が違っています。じつは為替をつくった郵便局の近くにはべつの大学があり、申し込みのときにきちんと自分の大学名を書いたのですが、局の人が間違えてしまったようでした(急いでいたので気づくのが遅れた私も悪かったですね)。慌ててその郵便局に戻ったところ、これがいま思い出しても笑ってしまうことなのですが、ほんの20分ほどまえまでふつうに営業していた郵便局が、なぜか水浸しで閉鎖されています。どうやら、私が出た直後に、局のまえの道路の水道管が破裂して、あたり一帯の店や建物が封鎖されてしまったようなのです。道路からはまだ水が勢いよく噴き出しており、消防車も来る大事になっていて、為替を握りしめてその場でしばらく呆然としましたが、こんなこともあるんだなと思ってなんだか笑ってしまいました。自分がいるときに水道管が破裂しなかっただけまだよかったかもしれません。
ちなみに、為替はそのあとべつの郵便局で手数料だけ払ってつくり直してもらい、事なきを得ましたが、わずか20分ほどのあいだに変わり果てた姿になってしまった郵便局と、そのまえで噴水のように噴き出す水、大勢の人だかりや消防車がそれを取り囲む光景、そしてそれらすべてをまえにぽつんと佇む自分の姿は、いまでもちょっと忘れられません。(続く)