比較文化学科は、卒業後に観光や旅に携わる仕事につきたいと思っている学生が多いです。その学科で私は日本史関連の科目を担当しています。日本史と聞くと「暗記→きらい」と直感的に思ってしまう人がいるかもしれません。ただちょっと待ってください。関東学院大学がある金沢区は江戸時代に観光地として有名でした。それだけに観光の視点からこの大学周辺地域の歴史をひもとくと実はいろいろ面白いことが見えてくるのです。
たとえば江戸時代の地誌を見ると、金沢の名所紹介のなかで「照天姫」という人物がたびたび出てきます。『江戸名所図会』によると、瀬戸橋近くに「照天姫の松」と呼ばれる松があり、地域の伝承によると「照天姫、姥(うば)のために燻(くす)べられしとて、姥が焼きさしの松ともいふとぞ。」といわれていたそうです。燻べるとは煙でじわじわ燃やすことを意味しますから、おばあさんが照天姫をけむりであぶろうとしてくくりつけた松ということになります。ばあさんなんてひどいことを!とつい思ってしまいます。
しかし、実はこのエピソード、「小栗判官」と呼ばれるお話のなかのワンシーンであり、たぶん実際にあった話ではありません。「小栗判官」のあらすじをここで示す余裕はありませんが、主人公の小栗判官と照天姫の数奇な恋愛物語であり、浄瑠璃や歌舞伎などで繰り返し上演されていたそうです。話のなかでは、照天姫が苦難に出くわす場所のなかに「もつら」(六浦)の名が出てきますから、おそらくだれかが当時のヒット作品と金沢地域をタイアップさせるなかで、このような「地域の伝承」が生まれたのでしょう。
近年、映画やアニメの聖地巡礼のようにコンテンツの内容と結びつけてどこかを訪れる観光形態(コンテンツツーリズム)が広がりを見せています。その前提には、現代社会における情報のやりとりの活発化が関係しているのでしょうが、実は江戸時代も前代に比べて観劇や書物が大衆の身近なものとなり、それらコンテンツの情報が人びとの行動に大きな影響を与えるようになっていました。小栗判官・照天姫のエピソードと観光地金沢のタイアップもその意味ではコンテンツツーリズムのはしりといえるのかもしれません。
このように考えると、金沢という地は日本人が観光とどう向き合ったのかを考える材料をいろいろ持っていて、面白い場所だと思えてきませんか。デジタル化が進んだ現代でも身近に考える題材があれば学びも実感あるものとなります。そんな観光と日本史を総取りで勉強したい人、金沢区にある関東学院大学とりわけ比較文化学科はいかがでしょう?
《写真1》宮川をはさんでイオン金沢八景店の向かいにある姫小島跡
《写真2》案内版にはここで照天姫がいぶされたとある