前回、このコラムで「ご注文は以上でよろしかったでしょうか」という、レストランなどでよく使われる日本語の過去形の言い方を取り上げました(「なんで過去形なの?」)。今回も、もう少し「た」のことを考えてみましょう。
息子がまだ幼稚園に上がる前の、幼い頃のことです。ある朝、私が少し遅い時間に起きて居間に行くと、息子はもうお気に入りのミニカーを並べて夢中で遊んでいました。食卓のキッズプレートに乗せられた朝食には手もつけていません。私は息子に次のように話しかけました。
あれ?息子の応答はどこかおかしくないですか?まだ朝の9時頃です。テーブルの上には手のつけられていないキッズプレート。まるでもう食べる気がないかのような息子の返事に、少し違和感を覚えました。こんな時、皆さんならなんてこたえるでしょうか。私の期待した会話は次のようなものでした
2)父 :朝ごはんは食べたのかい?
息子:うーん… 食べてない。
父 :食べてから遊びなさい。
息子:わかった。
「食べなかった」と「食べてない」は、それだけを見れば日本語としてはどちらもおかしくはありません。でも、上のような場面では「食べなかった」はちょっと変な感じがします。私たちは場面によって言葉を使い分けているようです。ではどんなふうに使い分けているのでしょうか。
実は上の(1)も、場面が変われば全く問題のない会話になります。場面を設定してみましょう。もうお昼時ですが、まだお昼ご飯の用意ができていません。おなかをすかせてむずかる息子に、私が「なんでそんなにおなかがすいているの?朝ごはんは(ちゃんと)食べたのかい?」と聞いたら、「食べなかった」というこたえ方は少しもおかしくありません。なぜでしょうか。実は「食べなかった」は過去のこと、「食べてない」は現在のことを表す表現なのです。会話をしている「今」が、まだ朝食を食べるような時間帯なら「食べていない」という現在の表現がぴったりですが、もう朝食を食べるような時間帯でなければ「食べなかった」と、過ぎ去った過去の表現を使う方が自然に聞こえるのです。
こんな微妙な違いが表現できる日本語って素晴らしいですね。でも、これは日本語の専売特許ではなく、英語でもちゃんと使い分けることができます。「朝ごはんは食べた?」という日本語を2種類の英語で訳してみてください。答えはこちらです。