2018.01.26.
英語文化学科安藤 潔

ハンディキャップをものともしない音楽家たち

 私は子供のころからクラシック音楽が好きで50年以上の愛聴歴があります。当初LPレコードで、後にはCDで、バロックから現代まで幅広く聴き、オーケストラのコンサートに行く楽しみも覚えました。1990年のロンドン単身生活では、テレビもラジオもない生活の中、週末ごとに有料、無料の様々なコンサートを聴きに行ったものです。横浜在住の最近も音楽活動が充実している首都圏の便宜を利用し、また単身赴任の徒然を慰める意味もあって、大抵月に一度以上は近場のコンサートホールに行っています。

先日も東京の名を冠したオーケストラを聴きに川崎に行きましたが、あまり期待していなかった前半のホルン協奏曲のソリストに驚きました。事前に不可解にもホルンと椅子がセットされ、登場したソリストは妙に細身の若者でした。演奏の準備でようやくわかりました。彼には両腕がないのです。靴を脱ぎ左足を持ち上げると、足の指を用いてバルブを操作します。プログラムにも、チラシにも何の言及もなく、私は彼がこのようなハンディのある奏者とは全く知りませんでした。この音楽家の名はフェリックス・クリーガーといい、ドイツの出身、デビューして数年のようです。最近『僕はホルンを足で吹く』という自伝も出しています。モーツァルトの2曲の協奏曲は立派な演奏で万雷の拍手があり、アンコールで独奏曲も演奏されました。

ミューザ川崎

彼の他にも最近大人気の辻井伸行さんをはじめハンディをものともしない音楽家たちは多々います。例えばヴァイオリニストのイツァーク・パールマン、日本でもよく指揮していたアメリカ人の車椅子指揮者ジェームズ・デプリースト(2013年逝去)。これらは私が生演奏を聴いた演奏家たちですが、他にも昔からハンディのあった音楽家は、聴力を失ったベートーヴェンを始め少なくありません。思えば、パラリンピックはハンディのある人だけを集めて行う競技ですが、音楽はハンディがあっても健常者と同じ舞台で演奏します。音楽の世界ではハンディや外見は問題ではなく、作品や演奏だけが重要です。

辻井伸行さんはピアノコンクールで優勝してから一層有名になりました。私はその数年前に初めて彼の協奏曲演奏を聴き感動しましたが、最近はチケット入手が困難なほどです。彼が受賞したコンクールの由来となるヴァン・クライバーンは健常者のアメリカ人ピアニストで、1958年に始まったチャイコフスキー・コンクールの第一回優勝者です。東西冷戦のさなかに当時のソ連が始めた国際音楽コンクールに、アメリカ人の若者が受賞し話題になりました。1960年代に彼は新進のピアニストで、チャイコフスキーの『ピアノ協奏曲第1番』のLPが大人気でした。現在は記念のコンクールが残っていますが、その後のヴァン・クライバーンは竜頭蛇尾に終わり、2013年に亡くなったそうです。隙のない超絶技巧を誇るイタリアの伝説的名手マウリツィオ・ポリーニやポーランドのクリスティアン・ツィマーマンらとは全く対照的だったといえましょう。


横浜桜木町からみなとみらい方面、4月撮影


みなとみらいホール