教員紹介

国際文化学部教員コラム vol.115

2014.10.06 比較文化学科 鄧 捷

授業で学ぶ「外から見た日本」の姿

 いきなりですが、学生が授業中に書いたコメントを紹介することにします。
 
 「私は、日中関係についてこれまで真剣に考えたことはなく、年々悪くなってしまっている日中関係の現状を知っていても、『日中関係はこれからどう良くしていけばよいか』と考えたことはなかった。中国は日本に悪いイメージをもっていることは、もう変えることができないのではないかとさえ思っていた。靖国神社や尖閣諸島の問題があり、お互いが警戒しているように思った。しかし、この四日間授業を通して私の考えが変わった。日本と中国が分かり合えるためにすべきことはなんだろうと考えるようになった。そして、その答えは異文化を理解すること。これが、これからの日中関係が変わるための第一歩になると私は思う。」(Hさん)
 「自国と異なった文化を知る事で、その文化に一層興味が湧くと同時に、自国の文化に対しても、客観的にとらえる事ができるようになり、まさに、比較文化とは、自文化の再探求だなと思いました。」(Bさん)
 
 これは比較文化学科の夏の集中講義「外から見た日本」を聴講した学生の感想です。
 
教員C 鄧先生 写真
(詹先生と受講生。真ん中は詹先生)
 
 7月末の酷暑の中、中国にある北京第二外国語大学日本語学院から招いた詹桂香先生がこの授業を担当しました。北京第二外国語大学は北京市の名門大学で、関東学院大学の協定校であり、その日本語学院がこれまで多くの日中間の翻訳者、外交官などを育ててきた伝統を持つ大学です。
 
 詹桂香先生は多くのお土産を持ってきてくれました。プレゼントを以って礼を表すその習慣と気遣いの細かさは、もういきなり、中国文化の洗礼です。長く日本にいる中国人の私は、プレゼント配りを手伝うのに奔走しました(笑)。笑顔が印象的な詹先生は働く中国人女性らしく、はっきりとものを言うパワフルな人です。
 
 詹先生の授業は7月30日から始まり、一日四コマ(一コマ90分)で四日間続きました。私は直接に聴講しなかったので詳細を存じません。しかし、詹桂香先生は授業の中で、テーマごとに学生にコメントを書かせ、帰国の際にそのコメントを残してくれました。学生のコメントから、授業の様子を垣間見ることができました。日中文化の違い、日中の歴史と現在、外国人の日本語弁論大会、中国の日本語教育と北京第二外国語大学の学生の日本語演劇の様子などが授業で講義・紹介・討論されたのです。受講者の学生たちは先生と濃密な交流ができたようです。以下は学生のコメントを整理して紹介することにします。
 
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【1.日本と中国の文化の違いに驚いた】
・日本で餃子といえば焼餃子が主流で、白米と一緒に食べることが普通だ。しかし中国で餃子といえば水餃子だということを聞いて驚いた。このような点から、日本は中華料理と和食を合わせる、つまり文化の異なる二つのものを組み合わせることが得意であると分かった。(Mさん)
・温泉に裸で入るという習慣に対する中国人の率直な思いに驚きました。…裸の付き合い=自分の全てをさらけ出す事のできる付き合いという意味で使われているのですが、そもそも、風呂の使う理由が日本と異なる中国では、そういった概念がないのだなと思いました。(Bさん)
 
【2.あらためて日本文化の特徴を知った】
・日本に生まれ、日本で生きているからこそ気付かない日本の文化があるということを学んだ。たとえばお辞儀をすること。これは私たち日本人にとって当たり前のことである。「ありがとうございました」という言葉をそえてお辞儀をする。「おはようございます」と挨拶する時もお辞儀する。「すみません」と謝罪する時もお辞儀する。私は、日本のお辞儀について深く考えたこともなかったが、日本人は日常会話でお辞儀することが多い。…(Hさん)
・外国人の若者から見た日本の姿はとても新鮮だった。日本人の会話のシーンでよくある「沈黙」が理解できない、という意見が面白かった。…また、日本で「厳しい」の意味を学んだという中国人の方のスピーチを聞いて、日本人は何もかも細かくて、様々なことを気にして生きている民族だと感じた。(Mさん)
・ワールドカップの会場での日本人のゴミ拾いに関して思ったのは、日本人は…地面に何かが落ちている事に対して抵抗感がある国民性を持っており、それは教育によるものだなと思った。(Bさん)
 
【3.日中関係について再認識した】
・日本と中国の関係はメディアを通してみると悪いものに感じる。私は何故反日デモが起こるのか、領土問題があるのか、知らなかった。しかし、授業で過去の日本の中国など他国との関わりをみていくうちに、決して日本は良いイメージを持てるような国ではなかったと思った。今現在の日本からは想像できない過去の日本の姿を知って、現在まで続く日本と中国の関係の悪さの一因を少し知ることができたと思う。しかし、関係が悪いといっても悪いのは政治面で、中国の一般庶民の人々は日本の文化に興味を持っているということを知らなかった。例えば、日本の小説や歌は中国で翻訳されて知られている。しかし、日本人の間で注目されている中国の小説や歌は聞いたことがない。私はなぜだろうと思った。それはメディアが発する一般的な中国のイメージが関係しているのかなと思った。それはマイナスのイメージが強いが、今回の授業ではメディアを通さない中国の姿を知ることができた。また、中国人から見た日本のイメージを知ることができ、それにより自分が頭の中で描いていた中国のイメージが変わった。」(Mさん)
 
【4.中国の大学における日本語教育に驚いた】
・この授業で一番印象に残っているのは、中国の日本・日本語教育についてです。日本よりも日本の事を学んでいたり、日本人よりも詳しいような印象を受けました。…日本語科を設置している大学の多さにも驚きました。(Yさん)
・北京第二外国語大学の日本語科の生徒さん達が参加する紅白歌合戦や演劇大学などのイベントが行われていた事が講義の中で印象的で、演劇の映像を見た時は、日本人として何か光栄に思える所がありました。中国の大学は全寮制なので、同じ勉強をする人々が一緒に生活する事で、効率よく勉学に励むことができるなと思い羨ましかったです。(Bさん)
 
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受講生がこの授業を通して得た最も大切なものは、冒頭に引用した学生の感想の通りであり、私が付け加える必要はありません。比較文化学科は春、秋学期にそれぞれ外国の大学の講師を招き、この授業を担当していただいています。
 
「廬山(ろざん)の真面目(しんめんもく)を識(し)らざるは/只(ただ)身の此(こ)の山中(さんちゅう)に在(あ)るに縁(よ)る」(廬山が様々な姿を見せても、その本当の姿を知ることができないのは/それは、ほかでもなく、私の身が廬山の山の中にあることによるのである)と詠ったのは、約千年前の中国の詩人蘇軾(そしょく)です。常に身を日本という「山中」においている日本人学生にとって、「山」の外の視点を得ることは、日本の「真面目」(本当の姿)を知ろうとする契機となるのです。
 
 
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