2023.07.31.
比較文化学科八幡 恵一

フランスの思い出その8

以前のコラムで、ある学校の寮に引っ越しをしたことや、そこでやがて長年の友人となるMくんに出会ったことを書きました。
今回は、やはりその学校で体験した面白い出来事について書きたいと思います。

 じつはその学校は、フランスでも有数の超難関校で、入学するにはかなり難しい試験に合格しなければなりません。
したがって、その学校の学生は、やがてフランスの未来を担っていく優秀な若者たちばかりです。
私は留学生として、とくに試験など受けずにその学校に在籍していたため、いつもどこか気後れした心持で過ごしていたのですが、
ある日、その学校の掲示板に、小さいけれど非常に目立つポスター(実際はカードのようなものでした)を見つけました。
そこには、その学校でおよそ目にするとは思わなかった、かわいらしい(日本の漫画風の)少女のイラストと「○○アニメクラブ」
という名前が記されており、そして「定期的に日本のアニメの上映会を行っています。参加自由」という説明が書かれていました。
「ラテン語の家庭教師募集」や「研究発表会開催のお知らせ」など、まじめな掲示のなかにあって、そのポスター(というかカード)は控えめながらあまりに異質で、興味を引かれた私は早速つぎの上映会の時間と場所をメモして行ってみることにしました。

 上映会の当日、私は夕食をすませて、午後7時に指定された場所に向かいました。そこは、学校のなかにある大教室で、ふだんはえらい先生の講演会やシンポジウムが行われている場所です。その教室に行くと、5、6人の学生がスクリーンを下ろしてプロジェクターの準備をしています。私はおずおずと部屋に入っていったのですが、学生たちは私をちらと見ただけで、とくに話しかけてくることもありません。そうこうするうちに上映がはじまり、そしてなんと、そこからおよそ半日ほどかけて(というのはつまり翌日の朝まで)、日本のあるアニメ(「NHKにようこそ」というアニメでした)を、延々と観賞し続けることになったのです。
私はさすがに朝まではおれず、2時か3時ごろに出てきてしまったのですが(電車がなかったので歩いて寮まで帰りました)、フランスでこのような体験をするとは思っておらず、とても強く印象に残っています。

 ちなみに上映の途中、たしか夜中の12時ごろだったと思いますが、途中休憩があり、クラブの学生たちが夜食をとりにカフェに行くというので、私も誘ってくれました(クラブの者でない参加者は私だけでした)。そこで少し話をしたのですが、みな20歳前後で、日本のアニメやマンガが大好きとのこと。私が日本人だというと、非常に喜んで、日本ではいまなにが流行っているのかを聞かれました(実際は彼らの方が私よりはるかに詳しかったのですが)。

他方で、やはり難関校の学生だけあって、みなすでにしっかりとした専門をもっており、そのうちひとりなどは、クレジットカードの暗号技術を勉強しているといい、すっかり感心してしまったことを覚えています。
 そのあとは、こちらも忙しくなって上映会に行くことはなくなってしまったのですが、フランスのエリート学校の若者たちが、目を輝かせて、しかし黙々と日本のアニメを観る姿は、ちょっと忘れられません。あのクラブはいまもあるのだろうかと、ふと考えてしまいます。(続く)