2019.10.29.
比較文化学科小滝 陽

「歴史を語る」を考える

 着任1年目の教員として迎える今年、私は「記憶と想起の文化」について考えることを春学期ゼミテーマの一つとしました。過去は、人が想いおこすことなしには存在できないものだと思います。歴史学の場合、残された文書や記念碑、オーラル・ヒストリーなど、様々な「史料」を用いて過去を再構成しようとするわけですが、歴史を書く、あるいは語るといったことは、何も専門の学者だけによってなされるわけではありません。個人や団体など様々な主体が歴史を想起し、歴史を作ることを考えれば、学生たちも、これまでどこかで歴史に関わってきたことでしょう。もちろん、学問としての歴史研究には、厳密な史料の検討や、同業集団内での相互批判に基づく、より客観的な歴史像の探求といったことが含まれるわけですが、ゼミ生にはまず、誰であれ歴史を語る、という実感を持ってもらえたらと思っています。
そのようなわけで、学期中の7月13日には、ゼミ生とともに横須賀市久里浜で開かれたペリー記念祭を見学してきました。合衆国史を専門とする自分が、神奈川の大学で教える最初の年ということで、大学からほど近い場所で行われる、アメリカゆかりのイベントを選びました。会場となったペリー公園には、マシュー・ペリー提督の来航を記念して1901年に建てられた巨大な記念碑が鎮座しています。アジア・太平洋戦争中には地元民の手で引き倒され、その後、再設置されるといった複雑な経緯も辿っていますが、戦後は碑の前での記念行事が定例化しているとのこと。祭りの当日は盛大なパレードが行われたり、日没後は花火が打ち上げられたりもするそうです。浜辺の沿道には朝から露店が並び、にぎやかな一日の予感に満ちていました。
我々が参加したのは、そうした楽しいイベントの前に行われる、厳粛なペリー上陸記念式典のほうです。こちらは、アメリカ海軍関係者なども多数出席する盛大なセレモニーでして、来賓あいさつのほとんどがアジア・太平洋地域における日米の協力関係、とりわけ安全保障面でのそれに言及していたことが、私には印象的でした。今年5月、合衆国大統領のドナルド・トランプ氏が、空母への改修が予定されている海上自衛隊の護衛艦「かが」に乗艦したことに言及するスピーチもありました。少なくとも式典の場において、ペリーの記憶は「軍事化」されていたといえます。それは単に彼が海軍提督だったからという以上の理由によるのでしょう。現代の政治家や軍人の関心というフィルターを経て、ペリー来航という過去の記憶が呼び起されていることを実感しました。
その後、9月2-3日には、夏休みゼミ合宿と称して千葉県に行きました。今回は、亜細亜大学でアメリカ史を講じておられる今野裕子先生のゼミとの合同開催です。合宿の二日目には佐倉市の国立歴史民俗博物館(通称、歴博)を訪問しました。博物館側のご厚意で研修室をお借りし、広大な展示を使ったワークショップを実施することができました。学生たちは3人一組のグループになって館内を自由に探索し、各々のテーマに沿ったミュージアム・ツアーを企画します。一日の終わりに成果を発表してもらいましたが、「祈り」・「戦時下と戦後の生活」・「娯楽」など、各自のテーマに沿ったツアー企画は力作ぞろいでした。歴博が誇る巨大な展示の一部を取り上げ、自分たちの関心に沿った物語へと再構成する中で、「歴史を語る」という行為について考えてもらえたでしょうか。

久里浜ペリー上陸記念碑(小滝撮影)